和民

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渡邉美樹

和民(わたみ)は、外食産業を事業展開している企業集団ワタミグループの代表的居酒屋であり、日本屈指のブラック企業

残業代不払、居酒屋店員の過労死、介護事業での老人死など不祥事が絶えない、絶対に働いてはいけない会社である。

ワタミの屋号は、主力業態である『居食屋 和民』(いしょくやわたみ)からきており、創業者の渡邉美樹わたなべき)に由来する。また、和の民、和やかな民という意味も込められている。

沿革

  • 1984年4月 - 神奈川県横浜市南区有限会社渡美商事を設立。株式会社つぼ八(つぼ八本部)とフランチャイズ契約を締結
  • 1984年5月 - 第1号店となる居酒屋「つぼ八」高円寺北口店を出店
  • 1986年5月 - 神奈川県横浜市中区株式会社ワタミを設立
  • 1987年2月 - 株式会社ワタミ、商号をワタミフードサービス株式会社に変更
  • 1987年3月 - 有限会社渡美商事の直営店舗の営業全部を、ワタミフードサービスが譲受
  • 1989年6月 - お好み焼宅配事業1号店のお好美壱番「KEI太」方南町店を出店
  • 1989年7月 - 日本製粉株式会社と共同でジェットオーブンによる「お好み焼製造法」の特許を出願
  • 1990年3月 - 本店を東京都大田区西蒲田に移転
  • 1992年4月 - 自社ブランドの新業態として、1号店居食屋「和民」笹塚店を出店
  • 1992年4月 - 「つぼ八」本部とフランチャイズ契約の解除と、ワタミフードサービスの経営の「つぼ八」店舗を「和民」店舗に順次変更する覚書を締結
  • 1993年10月 - 「つぼ八」店舗から「和民」店舗への変更が完了
  • 1994年9月 - お好み焼HOUSE「唐変木」から居食屋「和民」へ業態転換
  • 1996年3月 - お好美壱番「KEI太」を全店退店し、お好み焼宅配事業を廃止
  • 1996年10月 - 日本証券業協会に株式を店頭登録
  • 1998年5月 - 株式会社キャリアビジョンに出資
  • 1998年7月 - 株式会社ピー・エム・エスを設立
  • 1998年8月 - 東京証券取引所市場第2部に株式を上場
  • 1998年11月 - 株式会社ティージーアイ・フライデーズ・ジャパンを設立
  • 1999年5月 - ファミリーコミュニティレストランとして「和み亭(なごみてい)」1号店を稲田堤(神奈川県川崎市)に出店
  • 1999年7月 - 国際環境規格ISO14001の認証を取得
  • 1999年8月 - 株式会社ティージーアイ・フライデーズ・ジャパンがRestaurant & American Bar「T.G.I. Friday's」1号店を東京都渋谷区に出店
  • 1999年8月 - 教育活動の第一歩として、「わたみ北海道自然学校」を開催
  • 2000年2月 - 社内ベンチャー第1号として、グリーンインダストリー株式会社を設立
  • 2000年3月 - 東京証券取引所市場第1部に株式を上場
  • 2000年4月 - 株式会社ピー・エム・エスがジャパン・リテイル・メンテナンス株式会社に社名変更。日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社、株式会社モスフードサービスより出資を受ける
  • 2000年7月 - 和民(中國)有限公司設立
  • 2000年7月 - 株式会社安全安心食卓研究所設立
  • 2000年11月 - 株式会社カーラジェンテを設立
  • 2000年12月 - イタリアン居食屋「CaraGente」(カーラジェンテ)1号店を東京都渋谷区に出店
  • 2001年11月 - 和民(中國)有限公司が海外新規出店1号店として居食屋「和民HongKong」Humphreys Avenue店を出店
  • 2002年3月 - ワタミ手づくり厨房が埼玉県越谷市にて稼動開始
  • 2002年4月 - 有限会社ワタミファームを設立し、株式会社安全安心食卓研究所の業務を継承。ワタミファームは千葉県山武町にて農場運営を開始
  • 2002年6月 - ジャパン・リテイル・メンテナンス(株)が「リサイクルセンター」を東京都足立区で稼動
  • 2002年9月 - 国際規格ISO9001の認証を「和民」「和み亭」のサービスについて取得
  • 2002年9月 - nippon no syokutaku「ゴハン」1号店として高田馬場店を出店
  • 2002年12月 - 本店を東京都大田区羽田(現在の本社所在地)へ移転
  • 2003年1月 - 居食屋「わたみん家」1号店として京成大久保店を出店
  • 2003年8月 - 炭火焼だいにんぐ「わたみん家」1号店として本厚木店を出店
  • 2003年8月 - 第12回「日食・環境協力賞」受賞
  • 2003年9月 - イタリアン居食屋「カーラジェンテ」の撤退を完了
  • 2003年9月 - 有限会社ワタミファームを株式会社へ組織変更し、新たに農業生産法人・有限会社ワタミファームを設立
  • 2003年10月 - ワタミ手づくり厨房株式会社をワタミフードサービス株式会社に合併
  • 2003年11月 - ごはん酒房「然の家」1号店として本厚木店を出店
  • 2004年4月 - ワタミメディカルサービス株式会社設立
  • 2004年4月 - 居食屋「和み亭」1号店として鹿島田店を出店
  • 2004年5月 - 語らい処「坐・和民」1号店として新宿野村ビル店を出店
  • 2004年7月 - ワタミダイレクトフランチャイズシステムズ株式会社を設立
  • 2004年7月 - ジャパン・リテイル・メンテナンス株式会社が、ワタミエコロジー株式会社に社名変更
  • 2004年7月 - 株式会社キャリアビジョンがワタミユニバーシティ株式会社に社名変更
  • 2004年9月 - 海鮮処「和民市場」1号店として川崎たちばな通り店を出店
  • 2004年10月 - PREMIER「和民」1号店として大船東口店を出店
  • 2004年11月 - 農業生産法人有限会社当麻グリーンライフと資本提携し、グループ会社化
  • 2005年1月 - 和民(深セン)有限公司を設立し、中国本土1号店として居食屋「和民Shenzhen」萬象城店を出店
  • 2005年3月 - 株式会社アールの介護の全株式を取得
  • 2005年4月 - ワタミフードサービス株式会社を、ワタミ株式会社へ商号(社名)変更
  • 2005年5月 - 三商和民股フン有限公司(Watami & Mercuries Co.,Ltd.)設立
  • 2005年7月 - 居食屋「手づくり厨房」1号店として赤羽東口駅前店を出店
  • 2005年9月 - 株式会社ワタミバイオ耕研を設立
  • 2005年10月 - ワタミメディカルサービス株式会社が自社開発の高齢者マンション(住宅型有料老人ホーム)一号棟として「レヴィータ岸和田」を開設
  • 2005年11月 - 三商和民股フン有限公司が台湾新規出店1号店として居食屋「和民Taiwan」忠孝店を出店
  • 2006年2月 - ワタミフードサービス株式会社を設立し、ワタミの外食事業を移管。ワタミ株式会社はグループ経営を統括する持株会社に移行
  • 2006年2月 - DINING & BAR 「Japago」1号店として三軒茶屋店を出店
  • 2006年3月 - 焼肉居食屋「炭団」1号店として御茶ノ水駅前店を出店
  • 2006年4月 - 株式会社アールの介護とワタミメディカルサービス株式会社が合併し、ワタミの介護株式会社に社名変更
  • 2006年10月 - アルバイト従業員の労働時間のうち30分未満部分を切り捨てて賃金を支払っていなかったことが発覚。北大阪労働基準監督署から是正勧告を受ける。その後、全国41店舗で同様の賃金不払いが発覚(詳細項を参照)。
  • 2008年6月 - 上記賃金不払いを北大阪労基署に通報した元店員が報復人事で解雇されたとしてワタミを提訴。
  • 2009年6月20日 - 代表取締役社長をワタミフードサービス株式会社代表取締役社長の桑原豊が兼任し、渡邉美樹は新設される代表取締役会長に就任。
  • 2010年11月24日 - ノロウイルス食中毒事故の隠蔽が発覚。
  • 2011年2月15日 - 渡邉美樹が東京都知事選挙出馬のため、代表取締役会長を辞任。

グループの事業

外食事業

運営会社を記していない業態は、ワタミフードサービス株式会社が運営する業態である。

現行の展開店舗

居食屋「和民」(わたみ)
ワタミの基本となる業態。「居酒屋」と「ファミリーレストラン」の中間の「居食屋」として、「豊かで楽しいもうひとつの家庭の食卓」が基本コンセプト。従来の和民(看板の色から「赤和民」と呼ぶ人もいる)の他、取り扱いドリンクとアイテム数を増やし、看板や内装を新たにした新しい和民(「New和民」と呼ぶ人もいる。「民」の漢字は点がひとつ多い異体字が用いられていている。看板の色は薄い黄土色)も登場している。
語らい処「坐・和民」(ざ・わたみ)
語らいながらゆっくり飲める、個室感覚の食空間を提供する、高級感のある居食屋業態。メニューは居食屋「和民」と同じもの。
居食屋「和み亭」(なごみてい)
家族ターゲットのファミリーコミュニティレストランを居酒屋マーケットにシフトさせた業態。駅周辺生活圏に特化し、平日は居酒屋ニーズに、週末はファミリーが来店する居食屋ニーズに対応している。
japanese dining「ゴハン」
古きよき「日本の食卓」をコンセプトとするモダンな居食屋。海外展開店舗の「和民HongKong」(香港)、「和民Shenzhen」(深セン)、「和民Taiwan」(台湾)のベースとなった店でもある。
炭火焼だいにんぐ「わたみん家」(わたみんち)
本格炭火焼、自家製おでん、大阪風串揚げを圧倒的低価格で提供する居食屋業態。ワタミダイレクトフランチャイズシステムズ株式会社が運営する。ワタミ社員が独立して、フランチャイズ展開することを念頭においた業態でもある。
Restaurant & American Bar「T.G.I. Friday's」(ティージーアイ・フライデーズ
アメリカのカールソン・レストランツ・ワールドワイド社が世界57ヶ国以上で展開する、「古きよきアメリカ」をコンセプトとするカジュアルダイニングレストラン。日本国内では株式会社ティージーアイ・フライデーズ・ジャパンが運営する。アメリカ・グアムでも現地法人・ワタミUSAグアムが店舗を運営している。

展開終了の店舗

海鮮処「和民市場」
新しい魚介料理が楽しめる居食屋業態。
ごはん酒房「然の家」(ぜんのや)
自然をキーコンセプトとした、ゆったりと語り合える新しい和の居食屋空間を提供する業態。
焼肉居食屋「炭団」(たどん)
「炭火・肉・タレ」にこだわった炭火焼肉居食屋業態。
DINING & BAR「Japago」(ジャパゴ)
japanese dining「ゴハン」の基本を継承した、カフェとしてもダイニングバーとしても利用できる業態。
居食屋「手づくり厨房」
手作り・できたてをコンセプトに、炭火焼、石焼き、溶岩焼きなどの特色のある料理の味と香りを楽しめる居食屋業態。居酒屋チェーン店では初の店内全面禁煙を導入したことで話題となった。
イタリアン居食屋「CaraGente」(カーラジェンテ)
株式会社カーラジェンテが運営していた、イタリアン居食屋。2003年9月に撤退。
お好み焼HOUSE「唐変木」
お好み焼き店業態。
お好美壱番「KEI太」
お好み焼宅配事業。

中食事業

展開終了の店舗

わたみキッチン
三越からの出店要請を受けて、ダイヤモンドシティー・ミュー(現 イオンモールむさし村山ミュー)の三越・武蔵村山店店内に1号店を、新宿・京王百貨店内に2号店をオープンした。
外食産業で培った調理技術をふんだんに投入した惣菜を調理・販売しており、将来的には、介護事業で培った食べやすい料理も導入される方向であった。
当初、「おおきなかぶ」という名称で開業する予定だったが、現在の名称に改められ、店舗ロゴにそのイメージの名残が残っていた。しかし、百貨店地下食品売場の平均販売単価と、ワタミが得意とする販売単価との差があまりにも大きすぎたため、2007年夏に全店閉店、即座に撤退した。

農業事業

ワタミグループ全店での、安全な食材を使った料理の提供を目的に、1998年に契約栽培での減農薬・減化学肥料栽培野菜を導入した。2001年には、グループ内企業での有機農産物の生産を開始している。 現在、約40種類の野菜に加え、酪農と乳製品加工と、生産品目を拡大しており、ワタミグループ各店に食材として供給するほか、「ワタミファーム倶楽部」で有機野菜の宅配を行っている。

農業事業は、主に株式会社ワタミファームを中心に事業展開が行われている。ワタミファームと呼ばれる農場は全国に6ヶ所ある。グループ会社農場を含め約250haの農場で、日本で生産されている有機野菜の約6%(2004年度実績)を生産する、有機農業事業者では日本最大のグループになった。将来的には、畜産への参入も計画している。

介護事業

2004年4月、ワタミメディカルサービス株式会社を設立して、介護事業に参入した。2005年3月に介護会社をM&Aで買収し本格参入。

現在は、ワタミの介護株式会社が事業展開を行う。コムスンの介護事業者認定取り消しで一部事業(施設介護)を受け入れ表明していたが、断念した。

また、宿泊施設、飲食物の提供、乳幼児の保育、老人の養護、布団等の貸与などに関して、「ワタミの介護」、「ワタミ」、「介護」などの語や意匠について商標権を有する。

環境事業

店舗施工・メンテナンス業務を行う、ワタミエコロジー株式会社が行っている。 ワタミグループの店舗や介護施設などでのエネルギー削減システムやリサイクルシステムの展開、自社リサイクルセンターでのリサイクル活動により、地球環境保護、二酸化炭素排出削減による地球温暖化防止に貢献すべく活動している。

教育事業

ワタミユニバーシティ株式会社が行う。ワタミグループ内での採用・教育から、人材開発・教育に関することなど多岐に亘るサポート業務へ事業を拡大し、外食産業以外での他企業へも業務を提供している。

国際貢献・社会貢献

特定非営利活動法人「School Aid Japan」(スクール・エイド・ジャパン)を通じて、「一人でも多くの子どもたちに人間性向上のための教育機会と教育環境を提供する」ことを目的に、発展途上国において、学校施設の建設、学校教育環境の改善、教材支援や就学困難の児童への支援を行っている。

School Aid Japanの活動は、ワタミグループ各社・社員からの寄付、その他の個人・団体の寄付のほか、ワタミグループのクレジットカード「ふれあいカード」の総利用額1%相当額の寄付、ワタミ株主優待券による寄付により支援されている。

多発する不祥事の数々

従業員への賃金未払い

ワタミの傘下企業である「ワタミフードサービス」は、アルバイト従業員の勤務時間を30分単位で記録し、端数を切り捨てて賃金計算を行っていた。

北大阪労働基準監督署は「和民香里園駅前店」と「坐・和民枚方市駅前店」を調査し、未払い賃金の存在を明らかにした。そのうえで、ワタミフードサービスに対し是正勧告を行い、他店舗でも同様の問題がないか調査するよう指導した。ワタミフードサービスが内部調査を実施したところ、全国47店舗で同様の事例が確認された。ただし、ワタミ社長室が公表したコメントでは「香里園店を含む6店舗」にて問題があったことは認めているが、内部調査により同様の行為が発覚した店舗数については公表していない。この問題に対し、ワタミの社長室は「時間管理が十分ではなかった」と説明している。

ワタミの広報担当では「労働時間の切り捨てはあってはならず、徹底できていない店があった。全国の店舗ですでに改めた」とし、217人に対し合計約1280万円の未払い賃金を支払った。

内部告発者を懲罰解雇

北大阪労働基準監督署に通報した元従業員は「内部告発に対する報復で解雇された」と主張し、ワタミフードサービスを提訴した。元従業員の主張によると、賃金未払いの改善を求めても店長が対応しないためワタミフードサービス側に通告したうえで労働基準監督署に通報したところ、ワタミフードサービス側から「労基署に行くようなやつは会社にとって脅威だ」と退職するよう要求され、2007年9月に解雇されたとしている。

しかし、ワタミの社長室では「内部告発を理由に解雇を行なった事実は一切ございません」とのコメントを公表し、「解雇する時はやむを得ない理由場合に限られていますし、内部告発が原因だということは絶対にありません」と説明している。インタビューにてこの問題を問われた際、ワタミ社長の渡邉美樹は「事実無根です。そんな卑劣なことをするはずがありません。結果的に彼の告発のおかげで賃金未払いの事実が分かり、それを改善することでワタミがより成長できる機会を得られたのです。そのような人を報復のために解雇するなどあり得ません」と主張している。 2009年1月14日大阪地裁で和解が成立し、ワタミフードサービスが懲戒解雇を撤回して合意退職とし、解決金75万円を支払った。また、和解条項で、同社は解雇の際に不適切な発言があったことも認めて陳謝した。

女性従業員(当時26)入社2ヶ月で過労自殺

居酒屋「和民」を展開するワタミフードサービス(東京)の神奈川県横須賀市の店に勤め、入社2カ月で自殺した女性社員森美菜さん(当時26)について、神奈川労災補償保険審査官が労災適用を認めた。遺族は「長時間の深夜勤務や、残業が続いたことが原因だった」などとして労災の認定を申請したが、平成21年に横須賀労働基準監督署は仕事が原因とは認めず、遺族が神奈川労働局に審査を求めていた。

決定は2012年2月14日付。決定書や代理人弁護士によると、森美菜さんは2008年4月に入社し、横須賀市内の居酒屋に勤務。連日午前4~6時まで調理業務などに就いたほか、休日も午前7時からの早朝研修会やボランティア活動、リポート執筆が課された。6月12日、女性は自宅近くのマンションから飛び降りて自殺した。

審査官は、深夜勤務で時間外労働が月100時間を超え、休憩や休日も十分に取れなかったと指摘。不慣れな調理業務に就いていたことにも触れて、「業務による心理的負荷が主因となって精神障害を発病した」と認定し、業務と自殺の因果関係を認めた。

森さんの両親によると、手帳に記された日記には亡くなるおよそ1か月前に「体が痛いです。体がつらいです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい」と書かれていた。

母親の祐子さん(57)は、「一生懸命頑張ってると思っていました。なぜ、もっと早く、苦しんでいることに気づいてやれなかったのかと悔やんでも悔やみきれません」と話した。

父親の森豪さん(63)は、「娘が自殺に追い込まれたのは、会社に責任があったと認めてくれたことに感謝したい。これをきっかけに従業員を大切にする会社に生まれ変わってほしい」と話した。

ワタミ広報グループは報道各社の取材に対し、いったんは「審査官による決定書の内容を把握しておらず、コメントを差し控えたい」と述べたが、2月21日に自社のウェブサイト上にて「当社の認識と異なっており、今回の決定は遺憾」との声明を文書にて発表した。

同社の創業者であり取締役会長渡邉美樹は自身のTwitterで女性の自殺について触れ、「労災認定の件は非常に残念であるが、労務管理ができていなかったとの認識はない」との見解を示した。そしてそのわずか5時間半後には、自身が理事長を務める「郁文館夢学園の姉妹校建設のためバングラデシュに来た。バングラデシュにおける教育モデルを作りたい」などと発言した。渡邉の発言には多くの批判が寄せられたが、渡邉はそれに対し「多くの指摘に感謝する」と述べた。また、「バングラデシュで学校を作ることは、亡くなった彼女も期待してくれていると信じている」などと発言した。渡邉は、神奈川労働者災害補償保険審査官によって正式に認定された元女性従業員の苛烈極まりない労務を認めなかったばかりか、女性の自殺という取り返しのつかない結果に至ってしまったことに対する謝罪の言葉を述べることもなかった。渡邉の一連の発言に対し、あまりにも不見識であるとの猛烈な批判が殺到した。ことここに至って、渡邉はようやく「命懸けで反省する。彼女に心から詫びねばならない」と発言した。

この渡邉の発言のあとの2月24日、ワタミは自社のウェブサイトから、「当社の認識と異なっており、今回の決定は遺憾」と会社としての見解を表明していた文書を削除し、新たに「労災認定については、神奈川労働者災害補償保険審査官による決定の内容を精査し、真摯に対応する」との声明を文書にて発表した。しかしワタミは、自殺した元女性従業員の残業時間や勤務状況、および先の文書を削除した意図に関しての回答は拒否した。

代理人弁護士はワタミに対して、遺族への謝罪と賠償を請求し、再発防止策の提示を求める要望書を提出すると表明した。

森美菜さんと同期入社の元店長の証言

「森さんが受けた苦しみは痛いほどよくわかる。精神的に追い詰められたんだと思います」

こう語るのは、森さんと同期入社という元店長の男性である。

「森さんの時間外労働は月140時間にも上っていたと報じられていましたが、私も同じようなもの。寝てる時間があったら仕事しろという会社ですから」

この元店長の時間外労働は、月300時間以上になることもあったという。

「休日も早朝から研修会やレポート提出があり、休む時間がありませんでした。仕事と会議で、寝ないで丸2日続けて働くことも。夜勤明けで渡邉美樹会長の講話へ行って、そのまま寝ないで出勤したこともある。それが肉体的にも精神的にもボディーブローのようにきいてくるんです。レジの下で倒れて寝てしまったこともありました」

和民では、人件費のコントロールを売り上げ目標に比例して行っていたという。

「決められた人件費を超えると怒られるし、売り上げが少ない日もあるから、従業員は自分のタイムカードを改竄し、過少申告していました。タイムカードは、パソコンで管理しているんですが、店長だけが知るパスワードをみんなに教えてましたから、改竄は簡単にできました」

元店長の給与明細によると、残業に次ぐ残業で働いたにもかかわらず時間外労働は30時間、支給額は手取りで16万円。ボーナスもなく、寸志で1万円程度だったという。

「渡邉美樹会長の新刊本の購入費が給与から天引きされていました。著書の読書感想文も提出しないと昇進できないから、買わざるを得なかった。給与明細の封筒には渡邉美樹会長の書いた文書が入っていて、その感想も毎月提出しないといけなかった。会社で着るブレザー代やグループのボランティア団体への寄付も天引きされていました」

長時間労働でこんな体験もしたという。

「毎日帰れず、家族との時間も作れない。夫婦生活もできませんでした。お店で寝泊まりするので、お風呂に入らないと不潔じゃないですか。帰れない者は、厨房にある、皿などを水につけておくための大きなシンクに入り、ホースを使って、シャワーのように体を洗っていました。普通にやってましたよ」

15時間勤務でも休憩30分のスケジュール

入社2カ月後に自殺した居酒屋「和民」の正社員、森美菜さん(享年26歳)の労災認定が報じられた2012年2月21日、ワタミの渡邉美樹会長がツイッターで「彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました」「労務管理できていなかったとの認識は、ありません」などと発言し、炎上した。

美菜さんの両親が会社に提出させた資料などによると、15時間勤務でも休憩は30分しか予定されておらず、また、休日と睡眠時間を削らせるように組まれた研修など、勤務環境は精神障害の発症後にも、さらに過酷さを増していたことが分かった。遺族から提供を受けた社内資料をもとに、「生きていられるわけがない」と両親も憤るワタミの労働実態を報告する。

労災の決定書によれば、京急久里浜駅前店の店長は労基署の聴取に、勤務時間は「開店時間より1時間前から」と説明しているが、副店長は聴取で「平日が15時から午前3時30分、週末が15時から午前5時」と話している。同店の同期社員Aさんも、「店長から開店2時間前に出勤し準備をするように言われた」と述べている。

美菜さんの勤怠打刻データを見ると、たとえば5月31日は出勤と退勤の打刻が午後3時と午前5時で、実働11時間、休憩2時間になっている。実働と休憩を足しても1時間足りないのは、午後3時に出勤しても午後4時までの1時間が計上されていないからと見られる。

午後3時過ぎに打刻をした日もあるが、5月4日と5日、振替休日の6日は連続して午後2時10分から15分に出勤の打刻をしており、4日と5日は午前6時に退勤の打刻をしている。午後2時15分から午前6時までは、時間数にすると15時間45分もある。これほど長時間働いても、休憩は30分しか予定されていなかった。

1日ごとのワークスケジュール表を見ると、スタンダードな休憩時間がどのように予定されていたか分かる。この表には、何時から何時まで誰がどのポジションを担当するか30分区切りで記されており、実際にどうだったか、客集の見込みや実績、1人1時間あたりの売り上げ、その他の特記事項なども記されている。

神奈川労連--労働相談2010.3.1

就職2カ月で過労自殺 居酒屋チェーン「和民」の26歳女性  ~異常な長時間労働が原因と両親が労働災害認定を申請~

森美菜さんは26才という若さで2008年6月に自殺しました。名古屋から希望に胸を膨らませ「和民」に就職するために上京した2ヶ月後に…こんな悲惨なことになるとは予期しないことでした。

亡き美菜さんは京急久里浜店に配属され

  1. 一週間の座学後、強制的に長時間労働
  2. 最大7日間連続の勤務
  3. 研修もまったくないまま、なれない大量の調理業務
  4. 休日や勤務終了後もレポート書きに追われ、十分な休息時間がとれなかった
  5. 体調不良を訴えていたにもかかわらず会社はなんら適切な措置をとらなかった
  6. さらに朝3時に閉店後も電車が動いていないため帰宅できずお店にいて始発電車で帰ることとなり、過度な疲労と精神的負担が蓄積されました。

名古屋に住む両親が横須賀労基署に労災を申請。労基署は残業時間100時間を超える労働に従事していたことを認めましたが、業務外と決定しました。その理由は、「心理的負荷評価表」の評価の当てはめかたに、大きな問題があります。美菜さんは一週間の会社の研修が終わり、いきなり交代深夜勤務さらに残業もさせられたことについて、「勤務形態に変化があった」として評価表の1にランク付けされました。そして長時間労働は認めましたが総合評価は「中」であり業務外としました。

「和民」の働かせ方に大きな問題があります。所定労働時間、労働基準法を無視して「長時間労働」「連続した深夜勤務」の常態化により美菜さんは心身ともに疲労困憊し26歳という短い生命を絶ちました。

現在、業務上と認めさせるために、両親は労災保険審査官に対し審査請求を行いました。働くもののいのちと健康を守る神奈川センターは両親といっしょに業務上の認定になるよう奮闘しています。3月下旬には結論が出る予定となっています。皆さんのご支援をお願いします

ワタミ経営者が過労自殺遺族との話し合い拒否の回答(2012年9月)

大手居酒屋チェーン「和民」で正社員として働いていた森美菜さん(当時26歳)が入社2カ月後に過労によって自殺した問題で、遺族である両親の森豪さんと森祐子さんが、支援する全国一般東京東部労働組合とともに9月20日にワタミ本社を直接訪れて、ワタミ株式会社の渡辺美樹会長ら経営者に対し当事者同士での話し合いを申し入れたが(回答期限10月1日)、ワタミ側からは代理人の弁護士を通じて拒否する旨の回答があった。

ワタミの代理人弁護士(所属事務所・三好総合法律事務所)からの回答の書面は9月26日付で、森夫妻ににあてて内容証明郵便で届いた。

「今後も当職らが代理人として損害賠償等に関するお話合いをさせて頂きたいと考えております」としたうえで、「申し入れ書記載の貴殿らと依頼会社直接ののお話合いについては、応じかねます」と記されていた。

遺族が求めているのは、9月20日の申入書にあるとおり、なぜ入社2カ月で娘が死に追いやられたのかという原因解明を、労働実態を知らない代理人弁護士ではなく、あくまで責任ある経営者と直接話し合って再発防止を図ることであった。今回のワタミ側の回答は遺族の願いを真っ向から踏みにじるもので、過労自殺を出した企業の姿勢として到底許されるものではない。

なぜ入社して2カ月の社員が死に至ったのかを明らかにする義務があるのではないだろうか。

今後も遺族と東部労組は経営者との話し合いをワタミ側に求めていきます。皆さんのご協力をよろしくお願いします。

ブログ「労働相談センター・スタッフ日記」の該当記事

http://www.labornetjp.org/news/2012/1349075584296staff01

日経スペシャル カンブリア宮殿での社長発言

ワタミ社長「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」

村上龍「?」

ワタミ「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」

村上「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」

ワタミ「いえ、途中で止めてしまうから無理になるんです」

村上「?」

ワタミ「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる」

村上「一週間」

ワタミ「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」

村上「・・・んん??」

ワタミ「無理じゃなかったって事です。実際に一週間もやったのだから。『無理』という言葉は嘘だった」

村上「いや、一週間やったんじゃなくやらせたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」

ワタミ「しかし現実としてやったのですから無理じゃなかった。その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」

村上「それこそ僕には無理だなあ」

ワタミ社長のお言葉

今のあなたは「会社に貸しがある」状態。

僕がもし、ほかの社員より3倍仕事ができると思っている部下がいて、それほど多くない給料を払っていたとしますよね。

そうすると、「悪いことをしているな」と、申し訳なく思いながら働いてもらっている。

つまり、その社員に対して「貸しをつくっている」わけですから、いつか必ず恩返しをしようとします。 タイミングがくれば、その段階で給料を上げるし、ポジションだって上げるでしょう。

そう考えると、「会社に貸しがある」という、一時的にあなたが損をして見える力関係の中で、すぐに転職を考えるのは、ちょっと短絡的すぎるんじゃないかな。

僕だって、「ああ、もっと給料を払ってやらないとならないけど、今はこいつにとっての我慢時だな。

よし、じゃあ、1年後には報いてやろう」なんて思うことがあるからね。本人は気づかなくても、上の人間は、部下の先のことを考えているものです。

そんなふうに、いつかは報いてくれる会社だったとしたら、近視眼的に今の給料だけを見て、辞めようとするのはナンセンスだよね。

もちろん、上司や会社をよく見極めることも必要だけど、今のあなたは、会社に貸しがある、つまりは、会社に「見えない貯金をしている」わけです。

そのことを理解すべきだね。形はないけれど、この貯金はいつか必ずあなたにとって、何らかの形でプラスになって戻ってくる。

今もらっている給料だけが、すべてではないんですよ。

もちろん介護事業もブラック

「私も労災の申請を認めてもらえませんでした」

そう話すのは、同社のグループ企業のひとつ 「ワタミの介護」が運営する関東の老人ホーム施設で、昨年末まで勤務していた20代の女性介護福祉士だ。 

「私の場合、残業は月に30時間程度でしたが、残業代は一切もらっていません。うちのグループでは施設ごとに厳しい収益ノルマが課せられていて、職員全員で経費軽減に取り組んでいました。そんな中、残業の申告などできない雰囲気。入社半年弱だった私にとってはなおさらでした」(女性介護福祉士)

彼女によると、1日12時間の肉体労働で月収は手取りで17万円ほど。それでいて業務内容は、肉体労働を極め、入浴サービス時の男性利用者からセクハラや肛門に指を突っ込んで排便させる摘便などにも耐えなければならない過酷なもの。こうした労働環境に耐えられず、同僚たちは次々と退職し、施設は慢性的な人手不足だったという。職員一人当たりにかかる負担が増大する中、彼女は腰痛を発症してしまう。

医者の勧めもあり、彼女は休養を申し出るが、 上司に「うちにそんな余裕がないのはあなたも分かっているでしょう」と一蹴されたという。彼女は仕方なく、無理を押して1カ月ほど勤務を続けるが、ベッドから自力で起き上がれないほどに症状は悪化。ついに退職を決意した。

「退職後は、労災の療養給付を利用して通院を続けるつもりでした。しかし、上司は『腰痛なんて我々の職業病みたいなもの。こんなものにいちいちハンを押していられない』と、何度頼んでも労災申請に必要な書類を用意してくれなかったんです。結局、私は労災の申請をあきらめ、実家に身を寄せて自費で療養するしかなかった」(女性介護福祉士)

腰痛は今でも完治せず、再就職もままならないという彼女は、なけなしの貯金を削りながら通院を続けている。こんな環境では、渡辺会長が「会社の存在目的の第一」とする社員の幸せはおろか、利用者の満足いく介護サービスなど、実現できるはずもない。

老人ホーム入居者死亡訴訟判決、ワタミ側に賠償命令/横浜地裁(2012年3月)

「ワタミの介護」が運営する介護老人ホーム「レストヴィラ元住吉」(川崎市高津区)の入居者の男性が死亡したのは、施設が適切な介護を行わなかったことが原因として、男性の遺族が同社に対して約6750万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、横浜地裁(江口とし子裁判長)は2012年3月23日、介護過誤と男性の死との因果関係を認め、同社に約2160万円の支払いを命じた。

男性=当時(87)=は2006年1月に施設に入居し、約2週間後に敗血症で死亡した。入居時、男性は寝たきりの状態で、皮膚組織が壊死する「褥瘡(じょくそう)」を発症していた。

江口裁判長は「ホームは患部を洗浄して清潔な状態を保つなど、褥瘡を悪化させないよう注意する義務があったが、それを怠り、医師にも受診させなかった」と、施設の注意義務違反と債務不履行を認定。その上で「男性は褥瘡からの細菌感染が原因で敗血症を発症し、死亡した」とした。

ワタミの介護の親会社である「ワタミ」は「判決内容を精査し、誠実に対応していきたい」とコメントした。

居酒屋「和民」桜木町野毛店で火災

2010年4月26日午後5時半ごろ、神奈川県横浜市中区花咲町2-59の白鳥ビル4階の居酒屋「和民」桜木町野毛店から出火し、調理室などが焼けた。ビル内にいた人は全員避難して怪我人はなかった。伊勢佐木署は、従業員が鍋を火にかけて目を離した隙に、油やゴミが付いた排気ダクトに燃え移ったと言う。また、同日付で「和民」を閉店。その後、店舗を改装し、5月14日に「炭火焼だいにんぐ わたみん家」として新たに営業再開した。(10/4/27 朝日新聞)

ノロウイルスによる食中毒

  • 2007年11月・12月 - 埼玉県上尾市谷津の居酒屋「和民」上尾モンシェリー店で、11月30日および12月1日に飲食した客33名(5グループ)が、下痢や嘔吐などの体調不良を訴え、鴻巣保健所の立ち入り検査および病院の検査において、一部の客と従業員3名から、ノロウイルスの陽性反応が検出され、12月12日から3日間の営業停止処分にした。(07/12/13 毎日新聞)
  • 2009年4月・5月 - 介護付有料老人ホーム「レストヴィラ町田小野路」で、4月29日より入居者・職員らに下痢や嘔吐などの症状があり、5月1日までに男性10人、女性18人の合計28人が発症した。東京都町田保健所の立ち入り検査の結果、4人からノロウイルスの陽性反応が検出され、東京都福祉保健局より、5月3日から7日間の給食提供業務停止の行政処分にした。(09/5/3 毎日新聞)
  • 2010年1月・2月 - 広島県東広島市西条本町の居酒屋「語らい処 坐・和民」広島西条駅前店で、2月18日夜に飲食した、22~60歳の客の男女14人が嘔吐や下痢を訴え、西部東保健所は集団食中毒と断定。2月22日夜から同店を当分の間、営業禁止処分にした。また、兵庫県神戸市中央区の居酒屋「語らい処 坐・和民 」JR三宮高架下店において、1月18日にも14人の集団食中毒を出している。(10/2/22 産経新聞)
  • 2010年9月 - 東京世田谷区内の「語らい処 坐・和民」三軒茶屋駅前店。世田谷保健所の生活保健課によると、2010年9月10日に出された宴会料理が原因で、ノロウイルスによる食中毒の症状を訴えた客が20人いた。同13日の立ち入り検査では店内から検出できなかったが、複数の食事グループから同じ遺伝子配列のウイルスを検出した為、同30日から7日間の営業停止処分にした。ワタミの公式サイト上では、同日付で世田谷区からの行政処分についての文書を出し、店名を挙げた上で処分を厳粛に受け止め、再発防止などに努めることを明らかにしている。なお店舗は処分を受けた事実を公表せず、休業理由を「店内改装のため」と偽っていた。桑原社長、渡邉会長とも「詳細の公表はしない」、理由も「一切回答出来ない」。(週刊金曜日ニュース2010年11月16日号)
  • 2011年1月25日 - 静岡県東部保健所は25日、沼津市大手町の飲食店「炭火焼だいにんぐ わたみん家沼津店」で会食した、2組計18人が嘔吐や下痢、発熱などの症状を訴え、ノロウイルスによる食中毒と診断されたと発表。同保健所は25日から当分の間、同店を営業禁止にした。同保健所によると、患者や従業員の便から、ノロウイルスが検出された。患者は、それぞれ22人、6人のグループで、1月15日に食事し、翌16日夜から症状が現れた。現在は全員快方に向かっていると言う。(11/1/25 静岡新聞)

水道橋の「わたみん家」で27人ノロウイルス集団食中毒(2012年12月)

東京都は2012年12月13日千代田区三崎町の飲食店「わたみん家水道橋駅西口東京ドーム口店」で5、6両日に食事した27人が発熱や下痢などの症状を訴え、検査の結果、ノロウイルスによる集団食中毒と断定した。

食中毒との関係は不明だが、立ち入り検査で調理場の壁などの隙間から漏れ出た水からノロウイルスが検出されたため、千代田区保健所は13日、補修工事が終わるまで営業禁止とする処分を出した。同店は10日から営業を自粛している。

都によると、発症を確認したのは4つの団体の大学生や会社員ら21~59歳の男女。宴会メニューの鍋や刺し身、サラダなどを食べたという。個人客の状況は不明だが、ほかにも発症の連絡があるという。都によると両日の利用客は計約400人。

同店を運営する「ワタミフードサービス」によると水漏れは10月上旬ごろ見つかり、ビルオーナー側で補修したが続いていたという。

ワタミ経営の介護施設で女性水死 → 施設側は「病死」と虚偽の説明(2013年2月)

居酒屋チェーンなどを展開する「ワタミ」(東京都大田区)のグループ会社「ワタミの介護」が運営する板橋区の介護付き有料老人ホーム「レストヴィラ赤塚」で2012年2月、パーキンソン病の女性(当時74歳)が入浴の際、付き添いの職員が1時間半にわたって風呂場を離れ、女性が水死していた。

施設側は当初、遺族に病死と説明していた。警視庁高島平署は業務上過失致死容疑で捜査を始めた。

女性の長女(47)によると、女性は2009年にパーキンソン病と診断され、2010年12月に施設に入所。2012年1月末ごろからは施設内で転倒を繰り返していた。

事故は2012年2月16日に発生。女性は午後2時15分ごろから入浴し、午後3時40分ごろ、風呂場で心肺停止状態で発見された。介護保険法に基づく施設サービス計画書では「本人の様子を見ながら必要であれば洗身、洗髪を行う」などと規定されているが、職員は入浴中、一度も女性の様子を確認しなかった。

施設側は事故後、遺族に「10分間、目を離した間に心肺停止になった。病死の可能性が高い」などとしていた。しかし、高島平署が施設内の防犯カメラを調べたところ、虚偽の説明だったことが判明。死因も水死と分かった。施設側はその後、「ほかに入浴者がおり、手が回らなかった」などと釈明した。

女性の長女は「ずさんな施設に母を入所させてしまったことが悔しくてならない」と涙ながらに語った。

高島平署は施設側に過失がなかったか、当時の状況や職員の体制などを調べる。ワタミの広報担当者は「警察の捜査に全面的に協力しており、コメントは差し控えたい」としている。

渡邉美樹「お金のために仕事をする。冗談じゃない。仕事は生きることそのもの」

ありがとうを求める。渡邉氏が講演

会員制の講演会組織「琉球フォーラム」(主宰・富田詢一琉球新報社長)6月例会が2012年6月13日那覇市のホテルロイヤルオリオンであり、ワタミグループ創業者の渡邉美樹氏が「夢をカタチに~新たなる挑戦」と題し講演した。

外食、介護、宅配事業、農業などさまざまな分野での経営経験を紹介し、

「お金のために仕事をする。冗談じゃない。仕事は生きることそのもの」

と強調した。渡邉氏は

「居酒屋でも店はきれいにし、サービスを充実させる。介護でも温かい食事を提供し、毎日入浴してもらう」と話し、

「きれい事に聞こえるかもしれないが、利益を求めず、ただお客さまのありがとうを求めたら、お金の上にありがとうを載せたお客さまが集まってくれた」と語った。

東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市の参与を務めている渡邉氏。

  1. 市の特産物をいかに国内外に売っていくか
  2. 観光客誘致のため目玉商品を持つ
  3. 企業を誘致して雇用を生む―

の3点を同市復興の柱に掲げた。さらに同グループに「沖縄が好きで、沖縄に店を出したい」という従業員が多くいることを紹介し、沖縄のブランド力を称賛。台湾や東南アジアに近い立地的優位性にも触れ、沖縄の持つ可能性に言及した。「陸前高田を日本(経済)のモデルにしたいと考えているが、沖縄こそが日本のモデルになってほしい」と力を込めた。

関連会社

外食事業
  • 株式会社ワタミフードサービス - 居酒屋「和民」などの飲食店を経営
  • ワタミダイレクトフランチャイズシステムズ株式会社 - 2009年4月1日、株式会社ワタミフードサービスに統合
  • ワタミ手作りマーチャンダイジング株式会社(旧株式会社渡美商事)
  • 株式会社ワタミファーム - 農産物の販売等
介護事業
  • ワタミの介護株式会社 - 有料老人ホーム事業、訪問介護事業、居宅介護支援事業
  • 株式会社ワタミ医療サービス - 医療事務受託等
その他の事業
  • ワタミタクショク株式会社
  • ワタミエコロジー株式会社

ほか

関連項目

  • 高杉良『青年社長』(ダイヤモンド社・1999年、角川文庫・2002年) - 同社ならびに創業者の渡邉美樹を題材とした実名小説。
  • モンテローザ

外部リンク